まちの声を聞く
下北沢周辺では、小田急線・世田谷代田駅~下北沢駅~東北沢駅間の連続立体交差事業および複々線化事業に伴い生まれた線路跡地の活用について、長年にわたり多くの議論が重ねられてきた.
2000〜2010年頃には、複数の市民グループによる反対運動や訴訟、カウンタープランの提案など、下北沢らしいまちの魅力を守ろうとする様々な活動が展開された. 一方で、防災性の向上や都市基盤整備の観点から事業を推進すべきという意見も多く、地域として一つの方向性にまとまることはなかった.
そうした状況の中、2016年に上部利用施設の活用や今後のまちづくりについて幅広く意見交換を行うプラットフォームとして「北沢PR戦略会議」が発足した.
明確なシナリオを設けずに開催された初回には50名を超える参加者が集まり、情報発信、緑、イベント、まち案内、ユニバーサルデザイン、整備のあり方などをテーマとした部会が立ち上がり、それぞれが主体的な活動を開始した.参加者は町会や商店街だけでなく、かつて反対運動に携わっていた人々や、これまで地域活動に関わる機会の少なかった人々など、多様な立場のメンバーで構成された.
その後は、各部会の連絡役による世話人会を定期的に開催し、部会活動と並行して北沢PR戦略会議全体の運営や方向性について継続的な議論を重ねてきた.
活動開始から2〜3年は、議論と試行錯誤を重ねる時期となった. 各部会は街歩きやインタビューを通して地域資源を掘り起こし、新たに駅前広場を検討する部会が立ち上がるなど、活動は細胞分裂するように広がっていった. その後は、地域とのつながりを活かしながら、「シモキタ園藝部」「下北沢リンク・パーク」「まちの案内所」「まちピアノ」など、実際のまちなかで活動を展開する段階へと発展していった.
コロナ禍を経て、北沢PR戦略会議は「シモキタリング」へと名称を変更し、より開かれた活動へと進化した.誰もが参加できる「いどばた会議」を定期的に開催するなど、時代に合わせて運営形態を柔軟に変化させながら活動を継続している. また、外出自粛を契機にオンラインで始まったラジオ体操は、現在では「健幸会」として毎朝リアルな場で継続され、地域の日常的なコミュニティへと育っている.
多様な立場の人々が継続的に集まり、自由に意見を交わす場を運営し続けること. その積み重ねが、地域に共通認識と信頼関係を育み、まちの"強度"ともいえる社会的な基盤を形成していくことを実践してきたプロジェクトである.